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LION

2007年10月20日22:01:58





LAメタル・第18弾は『LION』を紹介します。



既に紹介した『STEELER』のドラマーだった〝マーク・エドワーズ〞が『STEELER』解散後

結成したのが『LION』です。

イギリスのバンド『TYTAN』に在籍していた〝カル・スワン〞をヴォーカリストに向かえ、

現『WHITESNAKE』の〝ダグ・アルドリッチ〞ギタリストに当時はかなり話題になったバンドでした。

『LION』は1986年にミニ・アルバム『POWER LOVE』でデビュー、

1987年にフルレンス・デビュー・アルバム『DANGEROUS ATTRACTION』をリリースします。

『TYTAN』時代から定評のあったカルの〝デイヴィッド・カヴァデール〞を彷彿とさせるソウルフルな

ヴォーカルとマークの〝コージー・パウエル〞ばりのパワフルなドラミングで人気はすぐに出ました。

しかしそれは日本だけの話でした。

残念ながら彼らは本国アメリカではアルバムもリリースされず当然全く評価されることもなく

1989年にやっとアルバムを本国でリリースするもマークの交通事故により

活動を停止せざるを得ず、それが原因であえなく解散してしまいます。



そんなわけでお勧めのアルバムは1987年リリースの『DANGEROUS ATTRACTION;

(邦題/宿命の砦』です。

欧州的な正統派のハード・ロックはまさしく日本人好みのサウンドと言えるでしょう。

既にそのキャリアは立証済みカルやマークの安定したプレイとダグ・アルドリッチの

エモーショナルなギタープレイが冴える素晴らしいアルバムです。

因みに収録されている〝Never Surrender〞は〝チャーリー・シーン〞主演映画

『処刑ライダー』のサウンドトラックにも収録されています。



『LION』は本当に悲運なバンドでした。

『LION』解散後、カルとダグは『BAD MOON RISING』を結成し『LION』時代同様

素晴らしい作品をリリースするもこれと言った成果を得ることは出来ませんでした。  

Posted by アナログ・キッド

KING KOBRA

2007年10月19日22:06:06





LAメタル・第17弾はあの〝カーマイン・アピス〞が率いた『KING KOBRA』を紹介します。



〝カーマイン・アピス〞は1983年に『OZZY OSBOURNE』のドラマー〝トミー・アルドリッジ〞の

後任としてバンドに加入し、ツアーにも参加しPVでもその姿を見ることが出来るわけですが、

オジーのバンドはすぐに脱退、1984年にヴァニラ・ファッジの再結成に着手するも新たなバンドを

模索し結成されたのがこの『KING KOBRA』です。

カーマイン・アピス以外はほぼ無名の若いミュージシャンで結成された『KING KOBRA』は

カーマイン以外は全員金髪でいかにもLAメタルらしい華やかバンドでした。

しかし、1985年のデビューアルバムはそんなヴィジュアルとは裏腹に欧州的なドラマティックな

ハード・ロックを踏襲していました。

今も彼らのデビューアルバムはLAメタル史に残る名作として語り継がれるわけですが、

商業的には成功したとは言えず、レコード会社は2ndアルバムで大幅な音楽性のシフトチェンジを

敢行、売れ線を狙ったポップ路線(曲によっては当時では珍しいラップ調のアレンジなど導入)は

裏目に出てしまい、バンドは大手キャピトルから離れることになります。



そんなわけでお勧めのアルバムは1985年リリースのデビューアルバム『READY TO STRIKE』

です。

とにかくオープニングのアルバムタイトル・チューン〝Ready To Strike〞の劇的なイントロだけで

ノックアウトしてしまいました。泣きのギターソロのドラマティックなイントロダクションから

鮮烈なギターのリフで始まるこのナンバーはLAメタル史に残る名曲であると断言出来ます。

〝マーク・フリー〞の伸びやかなヴォーカルもバンドのサウンドに見事にマッチしています。



昨日の『ICON』も『KING KOBRA』もレコード会社の陰謀(!?)により大幅に音楽性を変えさせられた

悲劇のバンドであると言えます。

それほど当時はレコード会社は「メタルは商売になる!」と言う意識が強かったのでしょう。  

Posted by アナログ・キッド

ICON

2007年10月18日22:10:20





LAメタル・第16弾は『ICON』を紹介します。



1984年のデビューアルバム製作にあたってシュラプネル・レコード社長〝マイク・ヴァーニー〞

プロデュースにより当然ながらシュラプネル・レコードからリリースするはずだった『ICON』は、

マイクが大手キャピトル・レコードに売り込む形でいきなりメジャーからデビューを果たすことに

なります。

LAメタルの追い風の中、メジャーデビューによりバンドの船出は快調のように思われましたが

メンバーの怪我により1stアルバムはこれと言ったプロモーションも出来ずに終わってしまいました。

そして1985年リリースの2ndアルバムでレコード会社側はバンドに外部からのライター起用したり、

大物プロデューサー〝エディ・クレイマー〞やミックス・ダウンに〝ロン・ネヴィソン〞を

起用させるなど、バンドに大幅な改革を実行させます。

しかしそれが逆に裏目に出てしまい、ポップなアルバムへとバンドを変貌させてしまいます。

セールス的にも失敗に終わり、彼らはキャピトルからドロップ・アウトしてしまいます。

メンバーチェンジを経て1990年に起死回生の3rdアルバムをリリースするも

やはり不発に終わってしまいました。



そんなわけでお勧めは1984年のデビューアルバム『ICON:(邦題/聖なる咆哮)』です。

爽快でメロディアスな正統派のヘヴィ・メタル・サウンドと言えます。

しかし、このバンドのこのアルバムが後世にも語り継がれる理由は

アナログ盤のB面の1曲目のナンバーに他ならないでしょう。

〝Under My Gun〞、

LAメタル史に残る名曲の存在がこのアルバムを名作と言わしめる理由です。



因みに大幅な路線変更となってしまった2ndアルバム『NIGHT OF THE CRIME』も

素晴らしいハード・ポップ・ロック・アルバムです。

バンド名を変えてリリースでもしていれば評価も少し違ったかも知れません。

アルバム全体の出来としては私はこちらのアルバムの方が好きです。

〝Danger Calling〞は隠れた名曲です。

  

Posted by アナログ・キッド

STRYPER

2007年10月17日22:08:58





LAメタル・第15弾はクリスチャン・メタルとして有名な『STRYPER』を紹介します。



1984年に6曲入りミニ・アルバムでデビューした彼らは敬虔なクリスチャンで、

『STRYPER』と言うバンド名も聖書の55章5節の〝By His Strypes、We are Healed〞から

引用していました。

ステージ・コスチュームも黄色と黒のストライプと言った徹底ぶりで(楽器もステージ・セットも)、

何とライヴ中に『STRYPER』のステッカーを貼った聖書を投げると言う

パフォーマンスを見せていました。

そう言った音楽以外の話題が先行していましたが、バンドの音楽はメロディアスでキャッチーで

正統的なハード・ロックをプレイしていました。

1985年の3月にそのミニ・アルバムとその後リリースしたシングル2曲をカップリングした形で

日本盤をリリースすることになります。

バンドはその後も優れたアルバムをリリースし続けますが、1990年解散前にリリースした

5thアルバムでは彼らのトレード・マークのストライプを脱却、

サウンドも今まではとは少し違ったものになってしまいました。



そんなわけでお勧めのアルバムは1986年リリースの3rdアルバム

『TO HELL WITH THE DEVIL』です。

ハード・ポップなメロディアスなサウンドと綺麗なハーモニー、

洗練されたアメリカン・ハード・ロック・アルバムと言える名作です。

全米32位と言う彼らのアルバムの中でも最も売れたアルバムとなります。



バンドは再結成され2005年に再結成アルバムをリリースし、

今年その元気な姿を捉えたライヴDVDをリリースしました。

  

Posted by アナログ・キッド

ROUGH CUTT

2007年10月16日22:15:16





LAメタル・第14弾はLAメタル・影の帝王『ROUGH CUTT』を紹介します。



LAメタルを語る上で外せないバンドは色々居ますが、間違いなくこの『ROUGH CUTT』も

大きな成功は収められなかったものの、

LAメタルの歴史に於いて重要なバンドであったことは確かです。

1985年にワーナー・ブラザーズからデビューアルバムをリリースするまでに

1983年リリースされたコンピレーション・アルバムに彼らは2曲提供することになりますが、

この曲のプロデュースをしたのが何とあの〝ロニー・ジェイムス・ディオ〞だったのです。

そしてこの時の『ROUGH CUTT』のメンバーにその後オジー・オズボーン・バンドのギタリストに

抜擢される〝ジェイク・E・リー〞と『DIO』に加入する〝クロード・シュネル〞が在籍していたのです。

加えて『DIO』のギタリスト〝ヴィヴィアン・キャンベル〞の後に加入した〝グレイグ・ゴールディ〞も

『GIUFFRIA』加入前に『ROUGH CUTT』に在籍していました。

他に『ROUGH CUTT』のベーシスト〝マット・ソア〞は『RATT』創成期の頃に在籍していた

経歴を持ちます。



そんな『ROUGH CUTT』はライト感覚のLAメタルの中にあって、

骨太なハードロックをプレイしていました。

それは間違いなくヴォーカリスト〝ポール・ショーティノ〞のパワフルでソウルフルなヴォーカルが

大きな武器になっていたと言えるでしょう。

あと2人のギタリストのツイン・ギターも素晴らしいものがありました。

デビューアルバムにはそんなポールのソウルフルなヴォーカルを象徴するように

〝ジャニス・ジョプリン〞の〝心のかけら〞をカバーして見事に歌い上げていました。

1986年には〝ジャック・ダグラス〞のプロデュースにより2ndアルバムをリリースしますが、

1stアルバムのようなソウルフルなハードロック色は後退し、

売れ線を狙ったのかライト志向が裏目に出た中途半端なアルバムでした。

当然ながら酷評を買い、追い討ちをかけるようにヴォーカルのポールは〝ケヴィン・ダブロウ〞が

抜けた『QUIET RIOT』に加入することになり解散します。

残されたメンバー達は新たにメンバーを加入させ『JAILHOUSE』を結成しミニ・アルバムをリリース

しますがバンドを軌道に乗せることは出来ませんでした。



そんなわけでお勧めのアルバムは1985年リリースのデビューアルバム『ROUGH CUTT』です。

プロデューサーは『JUDAS PRIEST』のアルバムを手がけていた〝トム・アロム〞です。

1曲目の〝Take Her〞のイントロだけで私はノックアウトされました。

間奏のメロディアスなツイン・リードに後半部のユニークなギターソロ、

とにかくこの1曲で他のバンドとは違うことを確信しました。



因みにギタリストの1人〝アミア・デラク〞はそのグッド・ルッキンな容姿から

当時女性ファンが多かったです。

ギター・スタイルもいかにもLAメタル系のギタリストでギター小僧からもかなり評判は良かったです。

  

Posted by アナログ・キッド

BLACK ''N BLUE

2007年10月15日22:03:18





LAメタル・第13弾は『BLACK ''N BLUE』を紹介します。



『BLACK ''N BLUE』はあのゲフィン・レコードから1984年にLAメタルの最終兵器として

鳴り物入りでデビューしました。

デビューアルバムは『SCORPIONS』や『ACCEPT』のプロデューサーとして有名な

〝ディーター・ダークス〞を迎え、LAメタル然としたカラッとドライヴの効いた

ハード・ロックをプレイしていました。

ヴォーカリストの〝ジェイミー・セント・ジェイムズ〞があの〝ディー・スナイダー〞に似てる

(見た目が)と言った話題やベーシストの〝パトリック・ヤング〞のチャーミング(死語!?)さもあって、

デビュー間もない新人バンドながら人気はすぐ出ました(日本では)。

その証拠にデビューして1ヶ月経たずに初来日公演を行うと言う快挙を果たします。



彼らは1985年の2ndアルバムでは『BON JOVI』をプロデュースして一躍有名になった

〝ブルース・フェアバーン〞をプロデューサーとして起用、

1986年3rdアルバム1988年の4thアルバムでは『KISS』の〝ジーン・シモンズ〞を

プロデューサーとして起用するもセールス面では全く振るわず、

ゲフィンから100万ドル以上もの契約金でデビューしたとも言われる『BLACK ''N BLUE』は

結局大した成功も収められず解散します。



そんなわけでお勧めのアルバムは1984年のデビュー・アルバム『BLACK ''N BLUE』です。

〝Hold On To 18〞と言う名曲と『SWEET』のカバー〝Action〞が収録されたこのアルバムは

若々しいエネルギー溢れる作品に仕上がっています。

とは言え、少々作り過ぎた感は否めないでしょうか。



ジーン・シモンズと仕事をした経緯からか、その後『BLACK ''N BLUE』のギタリストだった

〝トミー・セイヤー〞は現在『KISS』のギタリストとして参加しています。

  

Posted by アナログ・キッド

文殊の音・其の五

2007年10月14日22:14:14







ゆあさまさや





okayan





今日は栗東芸術文化会館さきら・小ホールであった〝文殊の音・其の五〞を見に行ってきました。



これは守山在住のアコースティック・ギタリスト『ゆあさまさや』さんが主催する

アコースティック・ギター・コンサートです。

今日はゆあささんの他に茨城在住のギタリスト『okayan』さんとのジョイント・コンサートでした。

お2人はモーリスのフィンガー・ピッキング・コンテストに何度と出演される常連さんです。

お2人とも自費出版ながらCDをリリースされており、

フィンガーピッカーの世界では名の通った方々です。



コンサートはゆあささん・okayanさんと45分程の演奏をされました。

ゆあさんはタッピングを多用する演奏が得意で、元はヘヴィ・メタル系のギタイリストとあって、

エディ・ヴァン・ヘイレンを彷彿とさせるタッピングの妙技を見せていました。

とりわけ、モンティのチャルダッシュ(フィギアスケートの浅田真央が使ってたことで有名)の

両手タッピングによる演奏は凄かったです。

okayanさんは正統的なフィンガーピッキングのギタリストでラグ・タイム系に優しいバラード系の

ナンバーを中心に演奏されました。

とりわけ〝千の風になって〞のカバーのアレンジは素晴らしいものがありました。

安定した演奏は見ていて安心出来る心地よさがありました。



押尾コータローのメジャーな人気でアコースティック・ギター・ソロの世界は

かなりその市場を広げているのは確かです。

アコースティック・ギターはバンドと違って老若男女誰でも1人で楽しめる音楽ですので、

それが身近なものになって人気が上がっているのでしょう。

私もそんな人間の1人です。









  

Posted by アナログ・キッド

KEEL

2007年10月13日22:04:38





LAメタル・第12弾は『KEEL』を紹介します。



LAメタル特集・第3弾で紹介したLAメタル伝説のバンド『STEELER』のヴォーカリスト

〝ロン・キール〞が『STEELER』解散後結成したのが自らのバンド『KEEL』です。

『STEELER』解散後すぐバンド結成に動いたロン・キールは1984年に早くもデビューアルバム

『LAY DOWN THE LAW』をシュラプネル・レコードからリリースします。

このデビューアルバムには彼らの代表曲ともなる〝Speed Demon〞や

『ROLLING STONES』の〝Let''s Spend The Night Together〞の

カバーが収録されています。

そして1985年にメジャーと契約して2ndアルバムがあの『KISS』の〝ジーン・シモンズ〞

プロデュースによりリリースされます。

1986年の3rdアルバム『THE FINAL FRONTIER』もジーンのプロデュースのもと製作され、

このアルバムに収録された〝パティ・スミス〞の〝Because The Night〞のカバーがヒットします。

『KEEL』のサウンドは流麗なツイン・ギターのリフを基盤とした、

いかにもLAメタル的なキャッチーなメロディーが魅力のバンドでした。

ただロン・キールの金切り声に好き嫌いがあるかも知れません。



そんなわけでお勧めのアルバムは1986年リリースの3rdアルバム

『THE FINAL FRONTIER』です。

〝Because The Night〞のカバーの他、〝Tears of Fire〞と言った名曲が光る秀作です。

ゲストに〝ジョーン・ジェット〞〝グレッグ・ジェフリア〞〝ジィミー・セント・ジェイムズ〞などが

参加しています。



バンドは6枚のアルバムをリリースして解散、

現在ロン・キールはカントリーのバンドを組み活動しています。

  

Posted by アナログ・キッド

CINDERELLA

2007年10月12日22:13:41





LAメタル・第11弾は『CINDERELLA』を紹介します。



あの『BON JOVI』の〝ジョン・ボン・ジョビ〞に見い出され『BON JOVI』の弟バンドとして

デビューしたのが『CINDERELLA』です。

LAメタルのブームの中、そのルックスの良さと『BON JOVI』の弟分と言う話題もあって

デビューアルバムにして全米3位のビッグ・ヒットとなります。



そんなわけでお勧めのアルバムは1986年にリリースしたデビューアルバム

『NIGHT SONGS』です。

ヴォーカルの〝トム・キーファー〞のスティーブン・タイラーばりの搾り出すような唱法と

LAメタル的な華やかなルックスとは裏腹にブルージーなハード・ロックと

キャッチーなメロディーが融合したサウンドが魅力のアルバムです。



彼らはその後益々ブルース色を強くしていき、

デビュー当時の面影は嘘のように土臭いブルース・ロックへと転身していきます。



因みに彼らのギター回しの妙技は芸術的でした(^^;



  

Posted by アナログ・キッド

TWISTED SISTER

2007年10月11日22:07:22





LAメタル・第10弾はキワモノ(笑)の大御所『TWISTED SISTER』を紹介します。



『W.A.S.P.』『LIZZY BORDEN』と色物バンド(!?)が続いたとなると、

このバンドを忘れてはいけません。

1982年にデビューした〝ディー・スナイダー〞率いる『TWISTED SISTER』です。

そのケバイ化粧とディー・スナイダーのカリスマ性で当時キッズの人気者でした。

ディーはヘヴィ・メタル界のご意見番のような存在でした。



そんなわけでお勧めのアルバムは1984年にリリースした3rdアルバム『STAY HUNGRY』です。

〝We''re Not Gonna Take It〞〝I Wanna Rock〞と言うシングルヒットを生み出し、

他に〝The Price〞と言う名バラードをフィーチャーするこのアルバムは全米15位になる

バンド最大のヒットアルバムとなりました。

彼らのサウンドはキャッチーで明快なロックン・ロールタイプのハード・ロックです。

いかにもアメリカンなハッピーなロックにキッズの絶大なる支持を得ます。



バンドは今も活動しています。  

Posted by アナログ・キッド